自宅から自転車で10分の取材先へ。昼食をはさんで4時間以上みっちり取材。生物多様性と絡めて、またも脅威の職人技術をお伝えすることができそうです。筋トレ、保育園お迎えをこなして名古屋大学へ。ジャーナリズムを学ぶ学生主催の「外務省のラスプーチン」こと元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏講演会へ。思ったより甲高い声だったけどやはりすごみある存在感。「勝者のいない不毛な戦い」小沢一郎対特捜検察、「本当は頭のいい」鳩山由紀夫の政治手法、日本のファッショ化、世界戦争の危険性…などなど独特の論説を堪能。カントやヘーゲルなどの哲学が織り交ぜられるとついていけなかったし「日本の閉塞状況を破る中間団体」がなぜ既存の企業のことなのかはさっぱりわからず消化不良気味。インテリジェンス不足と叱られそうなので勉強しなければ。最後の「特捜事案こそ裁判員制度に」は冗談半分とわかってても激しく同意。
河村市長記者会見。あす上京して原口総務大臣と住基ネットの件などについて会談するそうです。twitter使いの原口氏のつぶやきに反映されるか。地域委員会についても東京で記者会見して「日本初の根底から民主主義を実現する試みを全国に発信する」んだとか。里山問題については週内に会社側が市を提訴(毎日新聞)という話が出ていますが、「市としては精いっぱい努力した」「万策尽きた」。賠償責任に対しては「行政指導の範囲内」として訴えを退けるようです。ところで今月から記者クラブの幹事社に地元のケーブルテレビが入りました。地方の記者クラブでは珍しくなく、むしろ遅いほうではないかと思います。いま言われている記者クラブの開放とはまたちょっと違うかと思いますが、ちょうど私が昨秋、クラブの開放を求めたころに加盟が認められていたそうです。おめでとうございます。私の立場はまだ決めてもらっていませんが…。
雪の土曜日。あえて岐阜・美濃の山奥へ。岐阜県立森林文化アカデミーの生涯学習講座に参加して「粗朶」の活用の現場などを見学。中日環境netの連載記事(里山から川へ、いのちとくらし守る「粗朶」)を書いた時点では実際の工事は見ていなかったので、今回は待望の現場取材。関市で粗朶の生産現場を見た後、南下して岐阜市の金華山を少し過ぎところの長良川の河川敷へ。この河川改修工事で「粗朶沈床工」を施工中。写真のように里山で伐採し、束ねた粗朶を何重にも組み合わせ、固定することで河床の浸食を防ぎ、洪水時の防災機能を発揮します。目の前で見ると何とまあ手間のかかること。しかし明治以来続くこんな職人技術が、市街地のど真ん中でやられていることに正直驚きました。この粗朶は最後に土がかぶせられ、水面下に沈んでしまうので、工事が終われば人の目には触れられません。まさに縁の下の力持ちなわけで、本当に貴重な機会。むちゃくちゃ寒かったけど一見の価値が大ありでした。

快晴の日曜日。RSYの入るビルの入居者たちともちつき大会。上階のマンション住民の交流のため、7年ほど前から続いている恒例行事だそう。子連れで初参加し、まさに正月気分で朝からビールや日本酒片手につきたてのおもちを堪能。きのうの疲れが吹っ飛びました。

快晴の日曜日。RSYの入るビルの入居者たちともちつき大会。上階のマンション住民の交流のため、7年ほど前から続いている恒例行事だそう。子連れで初参加し、まさに正月気分で朝からビールや日本酒片手につきたてのおもちを堪能。きのうの疲れが吹っ飛びました。
RSYの防災教材づくりで半田商業高校。こちらもいよいよゴールが見えてきました。3月中旬にお披露目されます。終わってすぐに知多半田駅からバスに乗って知多半島を横断。常滑駅へ。昼食べようとしたら駅ビルにあったはずのマックが消えていた…といっても前回来たのは4年ぐらい前の話だけれど。結局パンをパクつきながら市役所や常滑競艇場の横をとぼとぼと歩く。中部国際空港に合わせて企業誘致を狙った造成地が広大な空き地として残る。その一角にある愛知万博会場から太陽光発電システムなどを移した新エネルギー実験プラントへ。今月から新設された風力発電装置などを見学。2社のうち1社は石川県の会社、しかも陶磁器メーカーだったのが意外でした。
午前中原稿書き。まだまだペースに乗れてない。午後からRSYであすの防災教材プロジェクトの打ち合わせ資料づくり。終わって夕方から名古屋大学防災アカデミー。同大大学院環境学研究科の田中重好教授による「災害は短く、恵みは長い−災害観再考」と題した講義。社会学の立場から災害対策、防災活動の矛盾と可能性をばっさりと斬ってもらう。ここ1年もやもやしていたものが整理されてすっきりした感じ。「『優等生の防災論』は優等生しか実行しない」「他の災害を擬似的に経験してみる」「恵みと災害は裏表の関係=防災と環境は基本的に同じ構造」「“脅しの防災”はあまり意味がない」「災害との共生、馴化の回復」「ローカルな解」「意識改革でなく社会を変えていく」−。ズドンとくるキーワードいっぱい。
娘は熱が下がって保育園復帰。僕もぐっすり寝てすっきり復活。朝から一気にメール書き、アポ取り、原稿書きに集中。夕方、筋トレしてから保育園にお迎え。園でつくった鬼のお面をかぶった2人の“鬼っ子”を引き連れて帰宅。家では僕が鬼になって「おにはーそと」とやられました。妻が仕事帰りに買ってきた今年の恵方巻きは「ドアラ巻き」。


娘がまたもや熱を出し、それにつられて両親とも不調。午前中は僕が娘と「ポニョ」のDVDを見ながら過ごし、午後は妻が仕事を切り上げて帰ってきてくれたけれど、僕も力が入らなかったので予定を1つキャンセルして家で3人寝込んでました。もろもろやることたまってるなかでつらいけど、ここで無理してたら年度末までもたないのは昨年の教訓。なのでじっと静養。
名古屋市天白区の「相生山緑地」を横切る道路建設計画を学術的に見直す検証委員会(正式名称は「第1回相生山緑地の道路建設に係わる学術検証委員会」)の初会合が名古屋市公館で開かれました。昨年9月に現地であった対話集会で河村たかし市長が「科学的に再検証する」と公言したのを受け、あらためて専門家を選んでヒメボタルなどの生き物への影響を含めて道路のあり方を議論することに。工事はあと2割ほどを残していったん中止しています。報道する側としても、どうしても感情論に流されがちなこうした開発問題を「科学的」に正確に伝えられるかが試されます。委員の顔ぶれを見ても非常に興味深い場。主なやりとりは次の通り。
中部大学名古屋キャンパスで開かれたシンポジウム「『めざせ!持続可能な都市農業!』〜日本一生物多様性の高い都市農業を目指して」へ。タイトルだけでは分かりませんが、名古屋市守山区の「野田農場」を守り、将来に生かすためにはどうすればいいのかを考える会でした。僕がこの問題に注目してから1年以上が経ち、折に触れて現場に行き、現状を書いてきたつもりですが、ここであらためて全体像と問題点を整理することができました。構図を考えるとやはり平針の里山とまったく同様で、一方にこれまで里山、里地をつぶして市街地として発展させることが当たり前だった人たちとそれを後押しする法律があり、一方にもうそれではいけないと危機感を抱き、わずかに残された緑を守り、開発一辺倒の考え方や法律を変えていこうと動く人たちがいます。どれも公有地ではないのですが、平針は見るからにうっそうとした森で、ここを「名古屋のトトロの森」として残しましょうといったアピールはしやすい。それに対して野田農場は一見個人が営むいわゆる普通の田んぼと畑で、その保全はなかなかアピールはしづらい。それでも名古屋という大都市に残る本当に貴重な生産緑地で、景観や防災機能も備えている。そして何より野田家の人々が本当に誠実に農業や自然と人間のあり方を考えている。組合との訴訟の弁護を担当している籠橋隆明弁護士たちはさらに「都市に新しい文化を提供する」文化創造の地にまで高めようと訴え、「生物多様性センター」の機能などを含めた将来像を描いています。COP10開催がそのきっかけというか決定打となるか。引き続き注目していきます。
シンポは午後もあったのですが中座して金山の名古屋都市センターであった「防災寄席」へ。こちらは研究者や建築家が「笑点」風に防災を噺(はな)す、というむちゃなイベント。でも久々に腹の底から笑えました。
シンポは午後もあったのですが中座して金山の名古屋都市センターであった「防災寄席」へ。こちらは研究者や建築家が「笑点」風に防災を噺(はな)す、というむちゃなイベント。でも久々に腹の底から笑えました。
昨春からコチョコチョやっていた“G”プロジェクトをほぼ脱稿。しかしてその実態は…まだ明かせません。一般の目に触れるか触れないかまだ流動的。わけわからずすんません。
夕方から久々のホンカンで中日環境netの今後について打ち合わせ。COP10に向けてまだ当面続けることになります。その後RSYで四川プロジェクトの打ち合わせ。3度目の現地行き? これも流動的。
夕方から久々のホンカンで中日環境netの今後について打ち合わせ。COP10に向けてまだ当面続けることになります。その後RSYで四川プロジェクトの打ち合わせ。3度目の現地行き? これも流動的。
